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自律と自立

おはようございます。広報担当の諸江です。
最近購入したわかめのふりかけが美味しかったのでハッピーです。
#なんて名前かは忘れてしまった

さて、今日は「自律と自立」のお話。

意味の違い

どちらも同じ言葉ですが、ニュアンスが違います。
自立は、自分の足で立つこと。
自律は、自分を律すること。
どちらも似たようなことを言っていますが、意味合いは違いますよね。
自立は、自分が起こす行動に対して責任を持って行動していくこと。
自律は、自分の感情と欲求をコントロールすること。

これは、「人の育成」において一番大切なことです。

子育て中の親も、人材育成をしている大人も、
常に「自立と自律」を伝えられる人が、人を育てることができます。
結果として、自分の言動に責任を伴うことができるため自分の頭で考える人になり、対人関係で自分の心が大きく揺れるようなことがあっても、相手のせいにするのではなく自分の感情と欲求をコントロールすることで向き合う対象を常に自分におくことができる。
私自身も、何かを教え導く時、何か相手に対して言葉を伝える時、とても意識していることです。
今の自分の言動はどうだったか、相手に対してどうだったか。
振り返ることによって、「今のは律せてなかった」「今のは自立できていた」などが見えてきます。
この意味の違いを理解しておくことは、自分自身にも対人においても大切なことです。

見守ること

ここで育成において躓くことって何かというと、見守る塩梅が難しいということ。
どこまでを口出していいのか、どこまでを見守ったらいいのかわからないという声をたくさん聞きます。
結論から言うなれば、経験を通して知っていくことができますよ。
どうして経験を通してなのかというと、誰しも初めから塩梅がわかっていたら苦労しません。
わかっていれば、最初から実行しているもの。
わからないからこそ、自分自身と相手との「一番いい距離感」を自分自身で見つける必要があるのです。
これも、「自立」への一歩。
自分の足で立ってもらうのだから、いつまでもヨチヨチ歩きを補助し続けては自分で歩こうとしなくなる。何回転んでもいいからこそ、そばで自ら立ち上がって歩けることを見守ることが大事ですよね。

例を言うならば、こんなシチュエーションがあったとしましょう。
4歳の女の子とお母さんが電車に乗ってきました。女の子はお母さんに向かって駄々をこねることしかしません。しかしお母さんは「喉が渇いたんだな」とその姿を見るだけでわかるので、飲み物を渡しました。

これは、常にそばにいるお母さんは言葉数が少なくても子供が何をしたいのかわかります。だから、ついついその欲求を満たす行動をしましたが、この行動は女の子の自立を促すことには繋がりません。
なぜなら、女の子の成長にならないから。
女の子が成長した時に言葉を言わずに察知してくれる人しか、周りにいないでしょうか。
そんなわけありません。
間違いなく言葉が必要です。
何かをしたい時、何かをお願いしたい時には言葉を使って相手に自分の考えたことや思ったことを伝える必要がありますよね。
けど、このままでは「何も言わなくても理解してくれる」と言う認識になってしまいます。
これでは、自立することには繋がりません。

だからこそ、お母さんはわかっていたとしても「どうしたの?」と言葉をかけてあげることが大事。
女の子がつたない言葉だったとしても、「自分が思ったことは相手に言葉で伝える」ことを学ぶきっかけになりますからね。

だからこそ見守っていくためにも、見守れる環境を作るのが指導者、コーチ、親の役目です。
見守るためには、初めから見守るのではなく「見守れる環境」を作ることが大事。
このことから見守ることってすごく大事なことなのです。

自分を律すること

セルフマネジメントって、最近はよく言われているかもしれません。
自分を律していない状態がどう言う状態かというと、ギャンブルに溺れている、お酒に依存している、人に依存している、キレやすい・・などあげ出したらキリがないので割愛しますが、自分の感情をコントロールできていない人、自分の欲求をコントロールできていない人ほど、自分を律することが課題となっている人が多いです。

自分を自分でコントロールするには、筋トレと同じように「鍛える」必要があります。
これも自立と同じで、初めからできていたら苦労しない。
初めからできないからこそ、鍛えて「自分自身を律するようにすること」を学び習得する必要があるのです。

私は、ある意味このブログが自分を律することにつながっています。
自分自身の考えや思ったこと、気づいたことを書き留めていくことによって自分自身がふと思い返したときに読み直すことができるし、自分の余白もあけられることに繋がる。
これも、自分自身を律するために必要だから「鍛えている」ことなのです。

長々書きましたが、
簡単に言うと、自立も自律も筋トレと同じ。
トレーニングする必要があることなのです。
鍛えれば鍛えるほど、人として器もメンタルも大きくなって広がっていく。
あまりにハードな鍛え方はしなくてもいいと思いますが、自分に合ったトレーニング方法で鍛えていくと、以前書いたブログのように「無駄なことに悩む」と言うことが減りますよ。

今日はそんなお話でした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

おしまい。


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