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人間として一番大切なこと~後編~

おはようございます。るーさんです。

最近急激に眠くなって、いつ寝たのかわからなくなります。
#死んだように寝る

さて、今日は昨日の続き。
前日のお話⇒http://shelves.jp/officialhp/1129/

〇働く喜び

このごろの日本人が失ってしまった美徳の一つに、「謙虚さ」がありますよね。
生きていくのに、オレが、私が、という自己主張が必要なことも、わかります。
私たちがいま、謙虚さに代表される「美しい心」を忘れつつあるのは、この国の社会にとって大きな損失につながります。

稲盛氏は、自分の有している能力や果たしている役割は、たまたま天から与えられたもの、いや借り物でしかないと考えています。
才能や手柄を私有、独占することなく、それを人様や社会のために使うべきであり、謙虚と言う美徳の本質はそこにあると考えているんですね。

また、稲盛氏は物事を成就させ、人生を充実させていくために必要不可欠なこととして「勤勉」を挙げています。
懸命に働き、まじめに一生懸命仕事に打ち込むことによって、精神的な豊かさや人格的な深みを獲得することができると言っているのです。

人間がほんとうに心からの喜びを得られる対象というものは、仕事の中にあります。
趣味や遊びの楽しさは一時的なものであり、心からわき上がるような喜びを味わうことはできないはずなんです。
遊んでいるよりも働いているときに喜びを感じる精神性。
単純労働であっても、そこに創意工夫を働かせて仕事を楽しくする術。
他人から強制されて「働かされる」だけでなく、自分が労働という行為の主体となって「働く」知恵。
改めて感じることができると、よさそうです。

〇世のため人の為ならば、進んで損をしてみる

利を求める心は事業や人間活動の原動力となるものであり、だれしも儲けたいという「欲」はあるもの。
しかしその欲を自分自身だけの範囲にのみ、とどまらせてはダメなんですね。

人にも、よかれという「大欲」をもって社会に還元しようとする。
その利他の精神がめぐりめぐって自分にも利をもたらし、またその利を大きく広げもするのなんです。

京セラがまだ中小企業だったころ、入社式のときに稲盛氏は大卒の新入社員に対して次のような話をしました。

―キミたちは、いままで両親や社会のさまざまな人たちのお世話になって生きてきた。これからは社会人になるのだから、今度は社会に対してお返しをしていく番だ。社会人になってまで、人から何かをしてもらおうという気持ちでいてはダメだ。「してもらう」側から「してあげる」側へと、立場を一八〇度変える必要があるのだ―

他人から「してもらう」立場でいる人間は、足りないことばかりが目につき、不平不満ばかりを口にする。
しかし社会人になったら「してあげる」側に立って、周囲に貢献していかなければならない。

弱肉強食のビジネス界においても、利他という精神を大事にしなくてはならない。
利他という「徳」は、困難を打ち破り、成功を呼ぶ強い原動力になるから。

〇結果を焦るな、因果の帳尻はきちんと合う

人生には、大きな幹がある。しかも、それは2つ。

一つは、運命。
人はそれぞれ固有の運命をもってこの世に生まれ、それがどのようなものであるかを知ることができないまま、運命に導かれ、あるいは促されて人生を生きていく。

しかし、人間は運命の前でまったく無力なのではないんです。
もう一つの見えない大きな手が「因果応報の法則」
よいことをすればよい結果が生じ、悪いことをすれば悪い結果が生まれるという、原因と結果をまっすぐに結びつける単純明快な「掟」のこと。

京セラが経営難に陥ったコピー機メーカー三田工業を支援し、京セラミタを設立した際、その再建に携わった人物は、以前京セラが救済した企業で工場長をしていた。
救われた人間が、救う側に回り、その感謝の思いから再建に尽力し、今では京セラミタはグループの中核を担う柱の一つになっている。因果が応報するには時間がかかるが、このことを心して、結果を焦らず、地道に善行を積み重ねるよう努めることが大切なんです。

私たちはその役割を認識し、人生において努めて魂を磨いていく義務があります。
生まれてきた時より、少しでもきれいな魂になるために、つねに精進を重ねていかなければならない。
それが、人間は何のために生きるかという問いに対する回答でもある。

一生懸命働くこと、感謝の心を忘れないこと、善き思い、正しい行いに努めること、素直な反省心でいつも自分を律すること、日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高め続けること。
すなわち、そのような当たり前のことを一生懸命行っていくことに、まさに生きる意義があるし、それ以外に人間としての「生き方」はない。そのような「生き方」の向こうには、かならず光り輝く黎明の時を迎えることができる、稲盛氏はそのように考えています。

どんな生き方もその人の人生ですが、自分がただ生きているだけではないことは間違いありません。
働くからには、なんらかしらで社会に貢献している。
じゃあ、どうやって貢献していくのかを、自分自身でみつけていけるとよさそうですね。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺
おしまい。

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