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約束のネバーランド

こんにちは!
ブログ担当のるーちゃんです。

トイレに行きたくても、
トイレに行くという行動がめんどくさすぎて
なぜか我慢しちゃいます。
#究極のめんどくさがり

さて、
今日は「人も動物も、同じだよね」
というテーマ。

最近、アニメで放映されていた
約束のネバーランドを見ているのですが、
もともとそんな好きじゃないアニメだったんです。
#ファンの人ごめんなさい

アニメを見て、
途中でやめてしまったのですが、
夫が急にアニメを見始めて。

それが、
たまたま「約束のネバーランド」だったんですが、
何気なくみていたら、なぜかはまり始め笑
#るーちゃんあるある

しまいには、
このアニメを分析し始めている
今日この頃です。
#そんな奴いない

で、
鬼滅の刃もめちゃくちゃ流行りましたが、
約束のネバーランドも、映画になるくらい
人気のアニメ。

どちらも、共通事項が「鬼」なんですねー。

やっぱり、
桃太郎のように、昔から「鬼」と人は、
近い関係性なのかしら・・。

で、
紐解いていくと、
この約束のネバーランドは、
食肉用の人間を育てて、鬼に引き渡して
人間と鬼の世界の平和を守っていたんですね。
#ネタばれになるかも
#知らなかった人ごめんなさい

鬼にとっては、
人を食べないと、人間の形を維持することが
できないんです。
でも、人を襲わないという「約束」をしましたから、
人は食肉用の「プラント(農園)」を作るように
なった。

まるで、
家畜と同じなんです。
私たちも、豚や牛、鶏は、
食肉用として育てて、時期になったら出荷する。

これを、「人」で行われている世界なんです。
#なかなか同じとは思ってもらえないかもだけど


まぁざっくりいうと、
そんな世界を新しい「約束」を結んで、
だれも食べられない世界に変えるという、
お話。

ちょっと話が反れますが、
私は幼いころから、
「なぜ人は食べられないんだろう」
と思っていました。
#サイコパスじゃないよ
#むしろ喜怒哀楽激しいタイプ

同じ動物でも、
牛や、豚、鶏や魚も
いうなれば、おなじ「命」を宿して
生きている生き物。

それを、
食用だからといって育てて、
私たちは誰にも食べられることなく生きられる。

なんだか、不公平な世界だなって
小学生の時に思っていたんですよ。

でも、
思い返せば、
「同族を食べる動物は稀にしかいない」
そう思えるようになりました。

例えば、カマキリは、
メスの栄養として交配後、
オスはメスに食べられる可能性があります。
#凄まじい世界

でも、
メスにとっても、食べたくて食べるというよりは、
この先、栄養をしっかり取らないと、
卵を産むことができなくなってしまうから。
産むためには、
手っ取り早く近くにいる「栄養」を
取るほうがリスクヘッジになるという、
カマキリたちの「生存戦略」なんです。

それは、人でも同じだなぁと。
人が、人を食べないのは、
自ら「人間」という動物を
減らすようなことはしないから。
ただ、「人」に与えられた脳は、
高等動物といわれるように、
むちゃくちゃ賢い。

だから、
人は人同士食べないけど、
いつまでも「戦争」や「紛争」がなくらない。
だから、結果としては、
人は人同士で滅ぼしていることになっているのですが。
#なんか哲学要素も入り始めた

つまるところ、
今の現代を生きる人にとって、
命の重さを体感することは、
表面上は平和なので、ほぼありません。
最近では、いじめという形で、
じわじわと毒タイプのように人の心を
かりとるほうが多いですが。
#ちょっと鬼滅らしさをだしやがった

戦争体験をされているご先祖様は、
「明日を迎えられることの幸せ」
を、よくよく知っています。
#小学校の頃に戦争体験の人の話を聞いた

そんな「当たり前の幸せ」を、
日々過ごしていると忘れてしまうのが、
贅沢である「人間の性」なので、
当たり前ではないというメッセージも
こめて、
このようなアニメが流行るんじゃないか、

なんて思いますね。
#だいぶ脱線した
#読んでくれてありがとう

今日はそんなお話でした。
おしまい。

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